協和設計株式会社
代表取締役社長
坪本 正彦
1991年に大学を卒業し、協和設計株式会社に入社しました。約30年にわたり、橋梁を中心とした構造物の設計に携わりました。次々と直面する課題に対し、それなりに対応する時間が経ち、橋梁に関係する方々への感謝と、緊張と真摯な姿勢が非常に大切だと強く感じております。
下積みの数年後に主担当技術者として参画した鋼箱桁の設計業務のことが印象に残っています。鋼箱桁をアーチで補剛した形式で、アーチ支間やライズ等の側面形状を決定し、上下部工の実施設計のすべての工程で作業を行いました。これらは一人で行ったものではなく、多くの方々の協力のもとに成しえたことです。設計完了後、工事段階に架設現場を見学し、完成時にはいろいろな視点場から見て、その外観や細部までに感動しました。その時、一つの疑問が湧きました。〝この橋が完成するまでに、いったい何人の方々が関わったのだろう? 〟という疑問です。
調査設計段階から工事発注、基礎工・下部工の施工、製作・架設等、計り知れず、そもそもの事業計画段階からの発注者や完成後の管理者、或いは交差する河川管理者等を数えれば想像できない方々がこの橋の建設に注力していることに気づきました。同時に、この橋に敬意を表し、自分は設計という段階を担うのだから、以後の工程に支障が無いように全力を投じる責任と義務があることを再認識しました。今もその時のことを鮮明に覚えております。
その後、連続高架橋の設計業務において、他の建設コンサルタント会社と協働する機会がありました。連続高架を幾つかに工区割し、それぞれの工区で設計を行うものです。その折に、設計統一基準の作成や課題抽出とその検討方針と方向性についてコンサル会議を重ねました。コンサル会議には経験豊かな目上の方、自分と同年代の方等々が参加します。全員が橋梁設計のプロですから、その場での資料の説明や回答に注意して発言しました。支間割から上下部・基礎工、施工計画等の検討結果と考察を、段階を踏んで会議を行うことが多いですが、同じ方向性の場合はより円滑に進み、それらが異なった場合には調整すべく議論することになります。
多様な考えが一気に集約される場で、それらをまとめ上げる方、同じ考えを持つ方やそうでない方など千差万別ですが、今思えば〝会議〟を勉強する場であり、技術的に進展する場でもあり、貴重な時間を経験したと思います。その中で、意気投合する方や頼りになる方又は頼りにされる方等が登場し、それ以降もお付き合いさせていただいております。今日も連絡を取り合い、私の財産です。
設計に対して、誠実かつ緊張をもって取り組むことは至極当然のことですが、直接的又は間接的に多くの方々に教わりました。また多くの方々との出会いは、自身における豊かな技術者人生を提供いただいたものと思います。非常に感謝いたします。今後においても、出会う方々との交流を楽しみ、また大切にしたいと考えております。
次は、私の盟友であるエイト日本技術開発の小野和行さんにバトンをお渡しいたします。
