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橋梁記者38年のあれこれ

日本の橋は地震で絶対に倒れない、という橋神話が崩壊した阪神淡路大震災。
長区間に渡って倒壊したピルツ構造の阪神高速を見るため、阪神電鉄甲子園口から三宮まで往復6時間、飲まず食わず歩いて倒壊した橋梁の他、ぺちゃんこにつぶれて連なる倒壊家屋を見て歩いた。
今度は、所々ひび割れ修理で段差のある東北道の仙台南ICから仙台南道の仙台南ICから仙台南道路、東道路、国道45号と三陸道を使い宮城東北部から岩手県東北部久慈市まで、被災各地に立ち入って見た光景の爪痕は、全く異質、でしかなかった。
被災1カ月後の釜石駅前の信号も警察官の振り分け渋滞に、橋と道路はライフラインの原点である、と再認識した。

このページの執筆は本紙主幹・澤田繁男が担当しています

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