『橋梁』が楽しかった頃

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株式会社ニュージェック 国内事業本部関東支店 支店長代理 石井 良尚
私と土木の出会いは、高校生の時に実家近くの建設会社で道路工事を手伝ったことに始まります。その時に、でき上がった道路とか水路を見て、なにか充実感とか達成感を得たように思えました。それが元で、大学は土木工学科に進学しました。大学では道路だけではなく、河川やダムの水理系や、トンネルや橋梁といった構造系にも出会い、土木分野の幅広さや緻密さに驚きました。
就職については、当初ゼネコン志望でしたが、コンサルタントという計画や設計ができる会社があることを知り、どうせ土木をやるならものを造るだけでなく、ものを考える(デザインする)会社にしようと思い、コンサルタントを選びました。入社するまでは、苦手な構造系より水理系が良いと思っていましたが、なぜか配属は橋梁を専門とするセクションで、これから大変だと思い少し不安な気持になりました。
これが、私と橋梁との衝撃的な出会いでした。
橋梁のセクションに配属されてからは、苦手を克服すべく毎日が勉強で、橋梁や構造のことばかり考えていました。その中で、日々業務をこなし続けていくと、忘れられないと思うような業務がいくつか出てきました。
その中でも絶対に忘れられないのは、御幸橋(ごこうばし)で、旧橋の調査から始まり補強計画、架替え検討、新橋の設計・修正設計・施工管理までを行い、平成2年から20年以上携わった特別な思いのある橋梁です。
旧御幸橋は、かつての京阪国道(国道1号)の一部で、淀川の3川(木津川・宇治川・桂川)合流地点のすぐ上流で、木津川と宇治川とを超えるために昭和初期に架設された橋梁です。この橋梁は、老朽化が進んでいたため、潜水調査等を行い補修・補強による対応が可能かの検討を行ったが、損傷程度が大きく(ケーソンの突出等)補修・補強するには、架替えより工事費が掛かることから、新橋に架替えを行うこととなった。
架替えは交通量が多く既設橋を供用しながらの架設となるため、現道ルートのほか上・下流ルートの検討を行い、経済性・施工性に優れた上流側ルートとし、このルートで新橋の設計を行った。
新橋の計画は、現在の河川の基準では径間長等の条件が厳しく支間長が長くなることや、前後の道路はそのまま使用するため縦断変更ができないこと等より、上部工形式は多径間連続変断面鋼床版箱桁を採用した。
さらに、基礎工については支持層が河床から7~8㍍と比較的浅いため、基礎工形式の検討(設計・施工方法)を行った結果、設計は直接基礎にて行い、施工方法は河川内でも施工性が良いニューマチックケーソン工法(1ロッドケーソン)とした。また、平成12年頃の当時としては珍しかった、3次元のコンピュータグラフィックスによるアニメーション(現在のVRに近いもの)により完成予想を作成し、客先に提示し好評を得た。
以上の経験は、私のコンサルタント人生(橋梁屋として)の中で貴重な時間であり、この経験が技術から離れた今でも、十分に活きていると感じます。
若い橋梁技術者については、近年の業務がメンテナンス(点検・診断・補修・補強)中心で新設の橋梁に携わる機会が減り、私のような経験をすることが少なくましたが、与えられた環境の中で、『何か新しいこと・変わったことをやってやろう』と言う気持ちで業務を行っていけば、『橋梁』への関わりがもっと楽しくなっていくと思います。
次は、大学と職場の後輩であり、現在は大学で学生を指導している、大阪工業大学の三方康弘教授に繋ぎたいと思います。

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