吾唯知足2019年3月11日号掲載分

小紙のある駿河台は、明大はじめ大学が集まる。平素は、リクルート服や学生服が目立つが学究肌の雰囲気も漂う。古書店街や古くからの飲食店が並び、昼時間には学生と思しき声が各々の就活の話題や将来に熱中、白熱していることがあって思わずほほえましくなることも▼「社会のため」「人(世の)のため」にという心意気で橋梁や道路など社会インフラの市場(社会)に身を投じた春秋に富む橋梁人には将来、是非昭和59年2月5日付号から連載されているリレー橋友録「私の橋歴書」に登壇、執筆してもらいたい▼執筆者は間もなく千人を超える。寄稿冒頭で触れる、橋梁社会に入った志望動機は多彩で、興味深く読んできた。約千人の執筆者の顔ぶれと実績は、あらためて論をまたないだろう。いわば、我が国橋梁人脈そのものといつてよい▼かつて、こんなことがあつた。橋梁メーカーの新工場竣工式で、記者の背後から肩越しに名刺を確認したある教授が「ああ、橋梁新聞ね。あの橋歴書の…」とつぶやいた。橋梁の重鎮だつた▼就活生含め、若い橋梁技術者は、先人・先達・重鎮が築きいてきた橋梁の叡智、努力、情熱などを継承してもらいたい。勿論、新たな進化した技術も、だ。探求心を持って自分らしく、変幻自在の橋梁人生を貫いてほしい。

就活の心意気を橋履歴書まで

愛知製鋼