思い出の橋

補修技術設計

小椋 公之株式会社 協和エクシオ
安全品質管理本部事業開発室
小椋 公之

鳥取の片田舎で育った私は、物心つく頃から橋の建設現場(木橋と記憶)に心踊らせて足を運んでいました。そんな私ですが、1971年の建設省採用から2009年に国土交通省を去るまでの38年間にわたり、様々な橋梁の仕事に携わる幸運に恵まれました。貴重な機会をいただきましたので、特に印象に残っている二つの橋梁について述べます。 一つ目は、荒川に架かる東京外かく環状道路「幸魂大橋」の基礎工事の経験です。当該橋梁は、彩湖に架かるメイン部分は鋼斜張橋です。橋のタイプにより、基礎構造は鋼管杭、ニューマチックケーソン、鋼管矢板井筒等多様な型式が採用されました。 鋼管矢板井筒基礎での失敗事例ですが、支持層と施工性を確認するため、継手を3カ所有する格点杭を試験杭として打設しました。ディーゼルパイルハンマーで打撃を加えた途端に、鋼管矢板が急回転し、設計位置から大きく偏心したため、閉合に困難を来し、最終の鋼管矢板は早朝から夕刻まで打設しました。総打撃回数も一万回を超え、樫の木のクッション材は燃え上がり、ラムが飛び出すのではないかと胃が破れそうになりました。定規により、全体の閉合を確認してから鋼管矢板を打設するというセオリーの重要性をつくづく思い知らされました。 後施工となった他の井筒基礎については、失敗を克服し大きなトラブルもなく完了しました。また、コスト削減に腐心し、仮締切兼用の鋼管矢板長を短くするため、盤下げを行ったところ、荒川の水位と連動した地下水が噴出し、大きな事故に遭遇するところでした。危険な指導(悪魔の囁き)を真に受けた大きな反省点です。 二つ目は、東京湾岸道路の荒川放水路に架かる「荒川河口橋」です。首都高速道岸線荒川橋梁を挟んだ上・下流に新たな橋梁を架設する計画ですが、その下流には、JR京葉線荒川橋梁が架橋されています。高速湾岸線のゲルバートラスとの調和や厳しい架設条件を踏まえ、橋梁景観検討委員会を設置し、大野美代子先生、田島二郎先生にご丁寧な指導をいただきました。 荒川河口橋は、計画当初から詳細設計まで担当しましたが、前述した橋梁群を跨ぐ架設工法の決定が最大の課題でした。 日本橋梁建設協会から技術的支援をいただき、大型フローティングクレーンによる一括架設工法を採用しました。特に海側の架設は、京葉線荒川橋梁を上越しする大きなリスクを伴う架設方法です。近接する二つの橋梁との施工協議、京葉線の短い機電停止時間内での架設、フローティングクレーンの喫水高確保のための浚渫等々課題は山積していましたが、後に受・発注者一丸となり、課題を克服し安全に架設が完了したと知らされた時は感無量でした。「おごることなかれ謙虚な気持ちで」をモットーにまだまだ頑張りたいと思います。 最後に橋の仕事でお世話になった皆様をご紹介させていただきます。旧六郷橋(伊藤学先生・西川和廣氏、大橋義彦氏・太田勇和氏)横浜ベイブリッジSFRC(三木千壽先生・鈴木克宗氏)大成こ線橋(玉越隆史氏・吉田孝志氏)大宮国道総合評価審査会(魚本健人先生)圏央道平井川橋(澤田和宏氏)三国大橋(池田実氏)第二湾岸道路ランプ橋検討(西山文男氏・古屋美伸氏) 次は、橋梁計画や橋梁の保全に情熱を注いでおられる東京国道事務所の若手橋梁技術者、松藤洋照さんにバトンをお渡しいたします。

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