次世代への技術継承

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個人写真(古川幸司)㈱安部日鋼工業   常務取締役 古川 幸司  私は大阪府茨木市出身で1973年に大阪工業大学工学部土木工学科に入学、77年に卒業し、安部工業所(現安部日鋼工業)に入社して現在に至っております。  橋との関わりは、大学入学時に体育会系クラブの勧誘を避けるため土木文化研究部に入部し、6つほどあった班の中で橋梁班に属することにして基礎的な構造力学、各種道路橋の設計、模型作り等4年間過ごしました。  大学を卒業した1977年頃は、オイルショックの影響で就職については厳しい時期でありましたが、縁あって安部工業所に入社することになりました。  入社時には安部工業所はPCタンクのパイオニアということもあって、PCタンクの現場を希望しましたが大阪出身者の橋梁現場担当者がいなかったこともあり、大阪営業所の橋梁工事に配属され、『中国自動車道二本松高架橋他5橋』に着任し、本線2橋(ポステン単純T桁橋、ポステン単純合成桁)および跨道橋4橋(斜π3橋、単純場所打ちホロー桁1橋)と様々な形式の橋梁をほぼ工事着手から工事完成まで1年間着任しました。初めて自分が管理して製作したポステンT桁橋をJR芸備線上に夜間架設した時、架設桁上をポステンT桁が夜霧の中から移動して浮かび上がってくる光景を見て感動したのを今でも鮮明に覚えています。  また旧建設省四国地方建設局発注の『堂床第1橋PC上部工工事』では景勝地である大歩危・小歩危の近くを曲りくねる国道32号線の改良工事であり、ポステンT桁橋で現道を切り換え、現道の鋼橋の一部を撤去横取りして新設の下部工を継ぎ足し、二期施工の上部工施工と取付舗装業者との調整など「まるで難問のパズルを解くよう」施工手順、工程に苦労した橋梁であり、終わってみれば苦労を忘れる現場でもありました。  振り返れば大阪支店管内(近畿、中国、四国地方)において旧道路公団5件、旧本四公団1件、旧阪神公団2件、旧建設省8件を含め約60橋のPC道路橋に従事してきました。  1991年から98年までの約8年間、旧阪神公団において、PC構造物の補修・補強方法として、新材料であるFRPケーブルの活用法、PC桁の連結化等について検討を行い、設計基準等の整備を図ることを目的として設立されたPC構造物耐久性委員会のWG委員として活動を行いました。また2001年から約5年間、PC建設業協会本部施工部会委員として活動し、施工計画書の手引き、施工マニュアル等の改訂作業への参画、講習会の講師を担当する等、PC技術の普及に貢献でき、PC建設業協会から推薦していただき土木学会の14年度技術功労賞を受賞することができました。改めてこの場をお借りして関係各位に感謝申し上げます。 最後になりますが12年12月中央道笹子トンネル天井板落下事故を受け、国土交通省では、13年を『メンテナンス元年』と位置づけ、2m以上の橋梁(70万橋)について5年に1回近接目視による点検をする省令が14年7月1日から施行され、16年度末までの3年の累積点検実施率は54%完了しているものの、今後建設から50年経過する橋梁が増大し、早急に老朽化対策の実施が必要となります。  今後は、新設橋梁工事に比べ老朽化した橋梁のメンテナンス工事(NEXCO大規模更新を含む)が加速して増えるため、その当時における技術、材料、施工方法等を次の世代に技術継承しておくとともによく現場環境を理解し点検・診断を実施して、最適な補修補強案または更新を提案していくことが重要と考えます。  次回の方は、本社が岐阜つながりで昭和コンクリート工業の佐籐徹様にバトンをお渡し致します。

愛知製鋼