縁尋機妙 多逢聖因

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城代 和行私が初めて「橋」に興味を持ったきっかけは、地元の国道314号に建設中だった「奥出雲おろちループ」の現場見学会でした。そこでは張り出し施工現場を見学させていただき、コンクリートを使った長大な橋が建設されていることを初めて知りました。それまで見てきた地元のコンクリート橋とは比較にならない大きさに圧倒されたほか、主桁を現場で作りながら少しずつ伸ばしていく工法に手品のような不思議さを感じたことを今でも覚えています。
その後、インターンシップで岐阜県のダム工事現場に1カ月間お世話になる機会があり、当時の現場職員の方から仕事上の問題を解決する楽しさを学ばせていただいた私は、将来は全国の現場で活躍したいと考えるようになりました。そして卒業後は、コンクリート橋の施工メーカーに就職させていただきました。
そんな希望を抱き入社した私でしたが、研修期間も終わりかけの頃、当時の上司から配属先を決める面談を受けることになり、将来的に会社を代表する現場を担う人材になるためには設計を経験しておくべきとアドバイスされ、そのまま研修先の東京本社技術部に配属されました。
それからしばらくは、本当に私が橋の設計などできるだろうか、大きな失敗はしないだろうかという不安ばかりの毎日でした。そこでは全国の高速道路橋の設計に携わりましたが、当時の同僚や先輩、上司の方には、随分とご迷惑をおかけした新人だったと反省しています。それでもこんな私を見放さず、暖かくも厳しく導いていただいたことに今でも、心から感謝しています。
その後、阪神淡路大震災の前年の1994年に大阪支店勤務となり、徐々に社外の委員会活動などに参加する機会が増えました。委員会では、会社の業務で手掛けたことのない課題に他社の技術者の方々と一緒に取り組むことができ、技術的な刺激を受けると同時に多面的な考え方を身に着けることができたように思います。
そのほか、印象に残っている仕事として、2004年から設計を行った中央自動車道の床版取換工事があります。当時は供用している高速道路を規制しながらRC床版をPC床版に取り換えた事例は極端に少なく、渋滞を最小限に留めるための対策として週単位で通行止めを開放する必要があったことから、設計段階から施工条件を反映した様々な検討を行いました。
工事中の仕様変更を迅速に行うため、現場事務所に泊まり込みながら24時間体制の対応を行ったこともあり、最終の規制開放前に橋面を歩きながら感じた達成感は格別のものがありました。本工事での経験が、これからも技術屋として生きてくという信念を持つきっかけだったように思います。
その後は設計から離れ、技術提案書の作成を中心とした業務を行いながら九州、中部、東京、東北などの各地を飛び回る生活が続き、2016年からは構造物の点検・調査・診断・補修、補強設計などを手掛けるコンサルタント会社にお世話になっています。仕事の内容が大きく変わったのはもちろんですが、転職を機に私自身に求められる内容もマネージャーとしてのものに変わり、お陰様で今でも充実した日々を送ることができています。
「縁尋機妙 多逢聖因」は、陽明学者の安岡正篤先生のお言葉で、「良い縁がさらに良い縁を尋ねて発展していく様は誠に妙なるものがある」「いい人に交わっていると良い結果に恵まれる」という意味です。橋梁の世界に飛び込んで以来、良い縁と良き人達に恵まれてきた私ですが、これからは受け継いだものを次の世代に良き縁として繋げられるよう初心を忘れず仕事に取り組みたいと考えています。
次は阪神高速道路の大規模修繕工事でお世話になりました、IHIインフラ建設の西口裕之様にバトンをお渡しいたします。

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