株式会社建設技研インターナショナル
道路・交通部上級技師
サントス ホビト C.
構造工学は、高校を卒業して以来、ずっと私の興味の対象でした。こういったことから、1982年にマプア工科大学(フィリピン)で土木工学のキャリアを積み、1986年にアジア工科大学(タイ)で構造工学の修士号を取得しました。1980年代、構造工学の課題は、高く、長い構造物(建物、アンテナ塔、橋梁など)の設計と建設でした。
構造工学への興味が一変したのは、1987年、日本の本州と四国を結ぶ路線の一つ、多々羅大橋の建設現場を訪れたときSでした。多々羅大橋は、斜張橋の建設の限界に挑戦し、完成後2008年まで斜張橋の最長スパン記録を保持していました。橋桁に立ち、素手でケーブルに触れた感覚は、忘れられないものであり、いつまでも記憶に残っています。
この経験が橋梁工学への興味を呼び覚まし、1994年に乱流下での長大橋の応答に焦点を当てた土木工学の博士号を取得することになりました。横浜国立大学では、宮田利雄教授と山田均教授の指導の下、明石海峡大橋の乱流下での安定性に関する時間領域解析を行いました。1998年に完成した明石海峡大橋は、2022年まで最長スパンを保持した橋梁工学の驚異です。
1996年、私たちはフィリピンのセブ島でマクタン海峡を横断するシンボリックな橋梁を建設するという課題に直面しました。マクタン国際空港に近いため、高さ制限により、斜張橋の設計は不可能でした。代わりに、高さ制限に準拠するために、より低い塔を備えた吊形式橋梁(エクストラドーズド橋)の設計を準備しました。
1998年に完成した結果、第2マンダウエ・マクタン橋は、マンダウエ市とマクタン島を結ぶ185メートルの中央スパンを持つ最長のプレストレスト・コンクリート・エクストラドーズド橋となりました。1990年代後半から現在まで、さまざまな道路や鉄道の橋梁や高架橋の設計・施工に携わってきました。私たちの仕事が、橋梁を必要とする方々のために奉仕し、通行の手段を提供し、人々をつなぎ、その生活の質の向上に寄与していることを実感できるのは、非常に大きな充実感があります。
2011年には、南スーダンのジュバ市で、たった一つのベーリー橋がナイル川を渡る唯一の接続路である道路網を改善するためのマスタープランを作成しました。道路網の接続性を強化し、ジュバ市の平和と経済活動を支援するために、追加の橋梁が必要であると判断されました。そして、JICAからの資金援助により、2022年に「フリーダムブリッジ」とも呼ばれるナイル川を渡る二番目の橋の建設が実現しました。
560メートルの橋梁は、鋼製タイドアーチメインスパン4径間で構成されており、現在、ジュバの人々は白ナイル川を安全かつ容易に渡ることができます。橋が人々の生活をつなぎ、その地域社会に役立っていることを目の当たりにすると、橋を架けることが技術者であることの意義を与えてくれていると感じます。橋梁工学のキャリアを積むことができて非常によかったと思っています。
次は、JICAの「大規模地震被害緩和のための橋梁改善調査プロジェクト」で同僚であった首都高速道路海外・社会インフラ事業部海外事業推進課担当課長の益子直人さんにバトンタッチしたいと思います。