吾唯知足2026年6月11日号掲載分

吾唯知足 SF作家、星新一の掌編「おーいでてこい」。名編として名高く、漫画、絵本、テレビドラマの原作にもなっている▼とある街に「穴」が開いた。一人の男がのぞき込む。穴は深く底は見通せない。「おーいでてこい」と言い、小石を放り投げてみた。底に届いた気配はなかった▼穴は話題になり科学者が調査に乗り出すが正体は不明。そのうち利権屋が現れ様々なものを捨て始める。生活ゴミから人の死体、挙句は放射性廃棄物まで。人々は「穴」のおかげで面倒なことを忘れ安心して暮らす。公害がなくなって青空も美しさを取り戻す▼発表は1958年、高度経済成長期真っ只中だ。経済成長の陰で大量消費社会の歪みは明らかになりつつあった▼5年を遡る1963年、出光佐三は日章丸をイランに派遣する。日章丸は夜陰に乗じてホルムズ海峡を渡り、イギリス海軍を出し抜き、出光は石油メジャーの支配体制に風穴を開け、石油の自由貿易の先鞭を付けた。時代は変わり、今、小さな「風穴」だったホルムズ海峡は日本の、そして世界の命運を握っている▼名編のラストはこうだ。歳月が過ぎ、穴の存在は既に忘れられた頃、建設中のビルの上である男が声を聞く。「おーいでてこい」。見上げても誰もいない。小石が一つ降ってきた。

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