白球と恩師の背中

林 厳

長岡技術科学大学
環境社会基盤系 准教授
林 厳
 
 瀬戸内海に浮かぶ小さな島、小豆島で生まれ育った。少年時代は、白球を追いかけることに夢中で、毎日のようにグラウンドを走り回っていた。中学生になると「このままでは進学できる高校がない」と言われ、一念発起してがむしゃらに勉強した。高松工業高等専門学校へ進学したものの、勉学に励むはずが、結局は再び白球を追いかける3年間を過ごした。
 その後、特技推薦で中部大学へ進学した。もちろん、目的は野球である。しかし、ここで人生を変える水野英二先生と出会った。研究室に配属されてからの2年間は、先生とともに登校し、先生の後ろについて昼食を食べ、先生の帰宅とともに帰る生活だった。野球をするために進学したはずが、気がつけば白球ではなく先生の背中を追いかけていた。
 水野先生は、実験の細部まで丁寧にご指導くださり、どのような質問にも答えてくださる、まさに「歩く参考書」のような存在だった。その知識の深さに憧れ、自ら考えることの楽しさを教えていただいた。この2年間が研究者としての原点である。
 縁あって進学した京都大学大学院では、研究室の垣根を越えて苦楽をともにする友人に恵まれた。また、金哲佑先生からは、構造ヘルスモニタリング(SHM)の研究とともに、国際的な視野の大切さや「研究とは何か」という問いについて学ばせていただいた。
 2020年、コロナ禍の中、大阪市立大学(現・大阪公立大学)の助教に着任した。山口隆司先生からは、鋼橋に対する深い思いや研究への情熱、学生指導に向き合う姿勢を間近で学ばせていただいた。研究成果だけでなく、次世代を担う人材を育てることも大学教員の使命であると実感した。
 2025年、長岡技術科学大学に准教授として着任した。現在は、鋼橋・鋼構造物を対象に、SHM、FRP、接合構造、耐荷力、DXなど幅広い研究に取り組んでいる。分からないことも多いが、国内外の大学の先生方や実務の方々に教えを請いながら、日々学び続けている。
 近年は大学や高専、研究機関における次世代の研究・教育人材の不足を強く感じている。これまでも後輩や教え子たちに博士課程への進学を積極的に勧めてきたが、その思いは今も変わらない。効率化が求められる時代に、学生と時間をかけて議論し、ときには厳しく向き合う指導は、時代に逆行しているのかもしれない。それでも、自ら考え、挑戦し、失敗から学ぶ経験こそが成長につながると信じている。国際的な視野を持つ若い研究者を育てるべく、リクルート活動や学生指導に奮闘している。
 振り返れば、私の歩みは常に人との出会いに支えられてきた。白球を追いかけていた少年が、恩師の背中を追いかけ、今では人を育てる立場になった。多くの方々から受け取ったものを次の世代へとつなぎ、いつか自分を追い越す若い研究者を一人でも多く育てたい。
 次の「橋歴書」は、京都大学大学院時代に研究室の垣根を越えて苦楽をともにした友人、京都大学の植村佳大先生にバトンをつなぎたい。現在はカリフォルニア大学サンディエゴ校に留学中であり、スケールアップした橋歴書を楽しみにしている。

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