私の橋人生

片岡 義亮株式会社 横河ブリッジ
大阪工事本部大阪工事第二部主査
片岡 義亮

子供のころから絵を描くのが好きだった私は、自分が描いたものが形になる仕事がしたくて、図面を作成している会社に就職したのが18歳。この会社に就職したことがきっかけで、橋梁の世界に飛び込むことになりました。 当時担当させてもらったのは、阪神高速道路公団の猪名川橋梁の付属構造物でした。右も左も分からない私を当時の先輩方は丁寧に教えていただいたことを今でも昨日のことのように覚えています。 そして、この会社から春本鐵工所(現駒井ハルテック)の設計部に出向して図面を描いているうちに、自分も設計の仕事に携わりたいと思うようになりました。 それから、我が身を試す思いから設計コンサルタントへ就職して間もない1995年1月にあの阪神淡路大震災が発生しました。地震直後から、現場調査に派遣された私は、大阪港から漁船で神戸港まで渡してもらい、被災した阪神高速3号神戸線の橋脚を調査する日々を迎えることになりました。 その後、阪神高速道路公団の設計補助業務に携わることになり、約3年間にわたって、4号湾岸線のRC橋脚補強工事発注の基礎資料作成や、設計に関わらせていただきました。RC橋脚補強がひと段落した後は、上部工の耐震補強工事が多く発注されるようになり、引き続き支承取替や落橋防止システム、鋼単純鈑桁の主桁連結の設計を担当しました。 これらの経験を得て、2012年には横河工事(現横河ブリッジ)に就職し、西日本高速道路阪和自動車道の湯屋谷橋他2橋の耐震補強工事、京都市の賀茂大橋補修工事などの設計担当をさせていただきました。いずれも難易度、注目度の高い工事で、現場と設計が一丸となって取り組んだプロジェクトでした。 特に印象に残っているのは、2016年に受注した瀬戸大橋のうち、与島橋と櫃石島高架橋のトラス橋の耐震補強工事でした。このうち、櫃石島高架橋(トラス部)は、道路鉄道併用トラス橋としては、国内最大規模の免震支承への取替でした。 免震支承への取替は、鉄道桁や添架構造物への影響を考慮して、レベル1地震動では固定、レベル2地震動では免震となるノックオフ機構を支承に追加しました。このノックオフ機構は、レベル2地震動でサイドブロック頂部に取付けた変位制限プレートを確実にノックオフさせる必要がありました。そのため、その取付け部には、実験により破断強度を確認したノッチ入りボルトを採用しました。 また、ジャッキアップ時は鉄道桁、道路桁および添架構造物への影響をミリ単位で管理する必要がありましたが、本州四国連絡高速道路の村上博基様、金田崇男様のご指導の下、工事を無事に終わらせることができ、2019年度の土木学会田中賞作品部門(改築)を受賞することができました。その後、同じ瀬戸大橋の櫃石島高架橋において、アルミ合金製常設足場(cusa)設置工事の設計を約2年担当することになりましたが、櫃石島には何かしら縁があるのかと思います。 2021年10月からは工事部に配属となり、長年携わってきた設計担当の立場から、現場担当として、現在、西日本高速道路高知自動車道のトラス橋の耐震補強工事に携わっています。これまで、設計担当として培った知識を現場で生かしていき、自分自身の更なるレベルアップのため、また、若手社員のスキルアップの一助となれるようやっていきたいと思います。 次は、以前大変お世話になった、日本ファブテックの山本将士様にバトンをお繋ぎします。

愛知製鋼