世界を変えたモノ

井林 康長岡工業高等専門学校
環境都市工学科学科長・教授
井林 康

2010年の春、世界的な情報通信機器メーカーから、タブレット端末の初代機種が発売され、スマホと違って画面が大きく、業務用途にも十分に使えるものでした。私は当時、職場に勤めて10年ほどが過ぎており、それまでは主に、コンクリート構造物の地震時の入力エネルギーや構造解析などの研究をしていましたが、橋梁の維持管理データベースの構築にも興味がありました。この端末を使って、なにか新しいことをと思っていた矢先、当時の研究プロジェクトでご一緒した、長岡技術科学大学の丸山久一先生(現・名誉教授)と田中泰司先生(現・金沢工業大学)から、橋梁の簡便な点検システムの構築を提案され、まずは既存の全ての橋梁の診断を健康診断的に行い、必要であれば改めて専門家による詳細点検を行う枠組みを構築することを目標としました。

構築したシステムの実証実験では、近隣の市が管理する163の橋梁を点検し、学生とともに1日に数十橋ずつ、野を越え山を越え、けもの道のような秘境にある橋、探しても全く見つからない橋、民地が多く近づけない街中の橋など、スタンプラリー的に制覇して、最後はかなりの達成感を持って完了することができました。よいものができた自信があり、すぐに普及するだろうと思っていたのですが、既存の橋梁点検業務の枠組みの壁は意外と厚く、期待したほどの反応はありませんでした。
そのような中、国際協力機構の技術協力プロジェクトに携わることになり、まずはキルギス国での橋梁台帳閲覧と道路防災システム、その後、カンボジア国での橋梁台帳作成・点検システムの構築に携わることになりました。英語やロシア語、キルギス語などを使い分けたシステム作成は困難でしたが、既存の枠組みのない国で、結果的に自由に方針を構築をすることができ、例えばカンボジアでは、システムを2か月で構築して送り、現地の職員が2か月で2000橋以上の橋梁点検を完了するという、驚異的な成果を出すことができました。
また別の転機がありました。新設コンクリート構造物の表層品質確保に関連し、施工状況把握のチェックシートを、タブレットで実装できないかと打診があり、そのシステムを試作し、結果的にシステム自体は試作レベルで終わったものの、コンクリート施工の枠組みの構築の方に大きく携わることになりました。
その後、2014年に国の点検要領が改訂されたことから、新しい要領に対応したシステムを構築すると同時に、それまでの方針を若干変更し、小規模で重要度の低い橋梁のみを対象に、地方自治体職員もしくは建設会社社員が点検を行うことでコストを圧縮し、それを橋梁の修繕や改築に使う枠組みを目指しました。
2014年から始まった、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムの一部として、関係各位の大きなご協力もあり、新潟市でこのシステムの社会実験を実施することができました。非常によい成果を残すことができ、今年度より新潟市や他の自治体で本格実施を行うこととなり、また全国の自治体からの問い合わせも増えております。
既に10年あまりの歴史があるタブレット端末は、PCやスマホとは違う新たなジャンルを確立し、世界の多くの人々の生活を変えましたが、個人的にはこの端末は、自分の世界を大きく広げてくれたものです。この広がった世界を生かして、また新しいことにチャレンジしたいと考えています。
次は福井大学の鈴木啓悟先生にお願いします。

愛知製鋼