古くても変わらない構造実験の大切さ

渡辺 孝一名城大学
理工学部社会基盤デザイン工学科教授
渡辺 孝一

コロナ禍で研究室に学生の姿もなく、ちょうど良い機会なので雑然とした書棚を整頓することができました。年季の入った専門書や過去の実験論文を開いてみると、ロットリングを用いて手書きで描かれた鋼桁の破壊モードや、荷重と変形グラフなどが目に留まりました。正直、古すぎて処分しようかなと思いましたが、よく見ると図は分かりやすく整理され、必要な情報はすべて網羅されていることに感心しました。そして、現在研究で行っている模型実験と基本的なところは何も変わっていないことに気づきました。 25年以上も前の学生時代に取り組んだ構造実験を今でも思い出すことがあります。卒業研究のことです。実験対象はビルトアップされた桁高さ600㎜程度のI桁縮小模型です。支間は2000㎜程度だったでしょうか。桁の両端支点部近傍から少し支間中央位置の無補剛区間をジャッキアップして、終局強度や変形性能に着目した実験だったと記憶しています。 当時は名城大学土木工学科(現在の社会基盤デザイン工学科)久保全弘教授の研究室に所属し、厳しい中にも丁寧に構造実験の指導を頂きました。ジャッキアップ位置の桁フランジの変形に追従して、ウェブがゆっくりと局部的に面外変形をしながら壊れていく過程を観察しました。 研究室の同期と交代しながら手動ジャッキの操作をして、加減が分からずいい加減な操作を怒られたこと、感熱紙に記録されたひずみデータを延々と表計算ソフトにタイピングしたこと、当時のパソコンは3・5インチフロッピーを備えた最新式で、ブラウン管のカラーディスプレイだったことなどが印象的でした。 卒論を苦労して書き上げ、卒業後、名古屋大学の修士課程に進学しました。構造研究室に所属し、宇佐美勉教授にご指導をいただきました。鋼製橋脚の耐震性能を評価する実験テーマを与えていただき、模型供試体を破壊状態まで載荷したことを記憶しています。2年間の修士課程を終えて、宇佐美勉先生の紹介により橋梁メーカーへ就職しました。橋梁の補修補強設計業務など数年間の貴重な実務経験を経た後、会社の理解と縁があって2004年4月から母校である名城大学に助手として着任し、現在は構造力学の教鞭をとっています。 学生時代に取り組んだ構造実験の経験や印象が強いからか、実験によって模型供試体の破壊現象を観察してプロセスを検証することが何よりも大切だと考えています。近年は、FEM解析ツールを利用することで、それらしい解は簡単に得られます。しかし鋼桁の破壊状態までを再現実験するとなれば、剛な構造フレーム等を利用して反力を確保し、ジャッキ荷重を与えなければなりません。データの取得過程の雑多なプロセスは驚くほどスマートになりました。実験開始までの準備時間は数日から数カ月必要だとすれば、実験データの計測からグラフ化までは一瞬で完了します。良くも悪くも学生にかつての苦労話が全く響かないところが残念です。 しかし、鋼を使った橋づくりがこの先も続く以上、構造実験でそれらの終局挙動を検証する時には供試体を製作し、適切な容量の油圧ジャッキよる載荷実験を行うことはとても重要です。25年前から現在に至るまで、この部分は何ら変わることはないのです。構造実験で得られる変形図や耐荷力曲線は、手書きだろうが今風のグラフだろうが、重要な実験データの研究資料として色あせることがないのです。 次は日本ピーエスの米倉宣行さんです。

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