吾唯知足2024年2月21日号掲載分

吾唯知足 能登半島地震により発生した「輪島朝市」周辺の火災は電気配線が地震で傷つきショートしたことに起因し、古い木造家屋の密集が被害を拡大したようだ▼江戸時代のことに話を飛ばすが、1603年の幕府創立前後には15万人程度だった江戸の人口が、1700年代には100万人を超えていた▼参勤交代による武士が人口の半分、ただし面積の6割を武家地、2割を寺社が占め、残る2割程度に約半数の町人が暮らすという不均衡な街の作り▼木造家屋が密集する江戸においては火災との戦いが政権の至上命題であったようだ▼消火体制の整備は、3代将軍家光による奉書火消に始まり、その後、大名火消が誕生、1718年には町奉行大岡越前守による町火消の整備もなされた▼まちづくりでも、延焼防止のため道路を拡幅し避難路としても活用する「広小路」の整備、延焼や飛び火を防ぐ「火除地」の設置、火焔を遮断する長土手の「防火堤」の建設など▼江戸時代、防災都市としての整備を通じて、様々なインフラ技術の発展が促されたとは言い過ぎか▼100万都市を支えた上・下水道、輸送技術などとも合わせ、後世が振り返り、これから必ず来る大地震をはじめとする災害への対策の重要性を捉え直してもよいと思う。

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