支えがあって今の自分に

石川 義樹八千代エンジニヤリング株式会社
北海道営業所所長
石川 義樹

1997年に八千代エンジニヤリングに入社し、建設コンサルタントの技術者として橋梁設計の、特に耐震に関わる仕事に多く従事してきました。 大学時代は95年の兵庫県南部地震もあって耐震関係の研究を行い、指導教官の大島俊之先生や三上修一先生にご指導いただきました。そのお陰で仕事ができる素地を作っていただきました。 入社後は東京の本社で耐震を専門に行う部署に配属されました。約10年間は、特殊な構造や大規模な橋を中心に解析や検討および設計を担当した他、地盤や液状化、地下構造物や河川構造物等の耐震業務も経験しました。 上司の故前原康夫さんには、耐震に関する考え方や構造・技術、解析や実験、古い基準の成り立ちや背景など多岐にわたって教えていただきました。若い頃は「古い基準なんて今の設計に何の役に立つのかな?」という不躾な疑問を抱きましたが、維持管理や補修補強が主流の現在、前原さんの教えが役に立ち、貴重な財産となっています。 地震被害調査に同行した際には、現地で被災メカニズムや構造の弱点と設計基準の不備等の話を聞き、耐震は経験工学であることを知りました。ある業務では解析や計算に頼った不合理な構造や結果に対して「計算も大事だけど過去の実験や被害からこうなるよ」と理論だけでなく実現象の重要性を理解させてくれました。 入社後10年が経った頃、判断に迷い前原さんに相談した時は「石川君が大丈夫と考えたのなら問題無いよ」と言われ、一人前と認められた気持ちで自信になりました。 業務では、官公庁やNEXCOの設計業務の他、土木研究所やNEXCO総研の調査・研究や基準作りの業務、委員会活動を行ってきました。 なかでもNEXCOや研究機関の業務では優秀な方々との出会いや技術的な課題解決の機会をいただき、私の成長に繋がってきました。 特に印象に残る業務は、2007年に発生した新潟県中越沖地震で被災した北陸道の橋梁災害復旧設計(NEXCO東日本新潟支社)です。被災した橋の復旧方針や構造決定の判断を限られた時間で行うため、意思決定する覚悟、発注者・施工業者・設計者のチームでの協力体制が重要であることを学びました。 この経験は東日本大震災の震災復旧や日々の業務に生かされています。研究や実験・検討の業務、委員会活動では、苦労も多いですが考えながら解決する面白さや検討で得られる知見が良い経験となりました。今回ご紹介いただいたNEXCO総研の高原室長をはじめ、色々な人との出会いや考え方に触れる機会にも恵まれました。 入社20年後に仙台へ転勤し、現在、札幌で勤務していますが、人との出会いや仕事の幅は広がり、まだまだ学ぶことは多いです。これまで、会社の上司の指導や理解、同僚・部下からの協力などの支えがあって、今の自分があります。今後は、これから活躍する担い手に知識や技術・経験・人脈を継承していきたいです。 次は、委員会でお世話になっている川金コアテックの姫野岳彦さんにバトンをお繋ぎします。

愛知製鋼