橋と共に成長

東 真靖コスモ技研株式会社
技術部海外事業推進室室長
東 真靖

私は小学生の頃、お菓子の空き箱などでいろいろな物を作るのが好きでした。当然ながら設計などできないので適当に作って楽しんでいるだけでしたが、そんな私がいつの日か設計ができるようになりたいと考えるようになり、大学では土木工学を専攻しました。私は構造力学が得意で、土木分野の中でも特に鋼構造に興味を持つようになり、大学卒業後は、鋼橋の設計を専門とするコスモ技研に入社しました。 初めは構造解析や設計補助、製図などから仕事を覚え、詳細設計を任されるようになったのは入社3年目でした。自分で設計した橋が完成し初めて渡ったときは、とても嬉しかったことを覚えています。設計が好きで仕事にやりがいを感じていましたが、ただ一つだけ設計のサブコンという立場にコンプレックスがありました。しかし、それは自分の技術力の無さを会社のせいにしていただけだったことに後で気付きます。 入社8年目に、イタリアで計画されていた長大吊橋のプロポーザル作成業務に係る機会を頂きました。私は末端の技術者でしたが、その時いつか私も長大橋を設計してみたいという熱い思いが湧いてきました。長大橋は限られた技術者に任される仕事だと思っていたのです。それからは会社に長大橋の設計依頼があるたびに手を挙げ、少しずつ経験を積んでいきました。 その中でも特に印象に残っているのは、鋼4径間連続中路式バランスドアーチ橋の設計です。単弦のアーチリブが支点上で二股に分岐する構造で、アーチが2連続する日本で実績のない構造形式でした。構造検討に多くの時間を費やす中で、私が提案した構造的な工夫が採用された部位もあり、設計は大変でしたがとてもやりがいのある橋梁でした。 2013年には、アジア4カ国(インド、バングラデシュ、ミャンマー、タイ)の橋梁視察に行く機会を得ました。そこで見たバングラデシュの大河を渡河するジャムナ橋(全長4・8キロ)が、自分の仕事に対する考えを変えてくれました。架橋以前は、西部の農村地帯で収穫された農作物を東部の消費地域まで輸送するのにフェリーを必要とし、フェリーに乗船するための待ち時間は平均30時間にも及んでいたとのこと。それがそこに橋を架けることによって、わずか15分程度で渡れるようになり、周辺市民の生活が格段に向上した話を聞きました。私はこれに強く感銘を受け、それ以降、インフラが十分に整備された日本の橋だけではなく途上国の橋梁も設計してみたい、私がこれまでに得た技術で人々の生活をもっと豊かにできればと考えるようになりました。 それから5年後、その機会がやってきました。フィリピンにおける円借款プロジェクト・大規模鉄道事業への参加機会です。経験の少ない鉄道橋、外国における英語での作業ということで自分にできるのかとても不安でしたが、ジャムナ橋を思い出し、挑戦する一大決心を経て渡航しました。現地で約2年間、初めて見る海外基準を翻訳しながら、なんとか鋼橋の設計を完成させることができました。将来工事が無事完了し、そしてそこに暮らす人々の生活が向上することを期待しています。 いつしか入社当初に抱いていたコンプレックスもなくなり、自分の天職だと思うようになっていました。こうして振り返ると本当に良い縁に恵まれ、橋と共に成長してきた25年だったと思います。今後は、若手技術者の指導にあたると共に、技術者として更に成長していきたいと考えております。 さて次回は、長大橋の設計や海外プロジェクトでの協働など長いお付き合いのあるオリエンタルコンサルタンツの大森貴行様にバトンをお渡しいたします。

愛知製鋼