
長岡技術科学大学
環境社会基盤系教授
下村 匠
昭和のことになるが、大学学部時代、私は東京大学土木工学科の西野文雄先生、堀井秀之先生の応用力学研究室に所属し卒業論文に取り組んだ。卒論テーマは当時新しい研究課題であったコンクリートへの破壊力学の適用に関するものであった。それが理由かどうかはわからないが、大学院からは岡村甫先生、前川宏一先生のコンクリート研究室に所属した。その頃の学生の配属研究室の決め方は今とはかなり違っていた。本人の希望も聞いてくれたと思うが、学部と大学院とで研究室を変わるということがルール化されていないまでも、ちょうど試行されていた頃であったように思う。とにかく縁あってコンクリートに関する研究を始めることになった。
20代いっぱいは東大の研究室で過ごした。学部時代まじめに授業に出たこともなかった出来の悪い学生を、分け隔てなく扱っていただいただけでなく、研究の面白さ、方法論、考え方など、その後の研究者人生の基礎となる多くのことを学ぶ、密度の濃い日々を過ごさせていただいた。この間、北海道大学に移られた上田多門先生と1年間身近で過ごさせていただくことができ、その後現在に至るまで、国内外の学会の委員会等でご一緒させていただいている。
その後、オランダのデルフト工科大学のWalraven教授のところに1年間滞在した。オランダには1年間居ただけであるが、その後海外のことを考える際には、この時の経験が起点になっているし、そこで知り合った方々との交流はfibなどで今も続いている。
土木学会をはじめとする学会の委員会活動に関わるようになったのは、長岡技術科学大学に移ってからである。上司の丸山久一先生や恩師の前川宏一先生が呼びかけてくださったことがきっかけである。
情報や交流の機会に恵まれた都会とは異なり、地方にいて研究、教育の情報を取得し、同じ世界の人と交流するためには、学会の委員会活動は私にとって欠かせないものとなった。プレストレストコンクリート工学会、「橋梁と基礎」の編集委員会、プレストレストコンクリート建設業協会など、橋梁に関係が深い仕事に携わるようになったのは、二羽淳一郎先生の紹介である。私にリレー橋友録のバトンを渡してくださった辻幸和先生とは、ここ10年ほど何度かfibシンポジウムに合わせた海外の橋梁視察にご一緒させていただいている。
これまで多くの先生方の薫陶を受け、背中を仰ぎ見てきた。今更ながら驚くのは、お世話になった当時の先生方の年齢は今の私の年齢よりも下だということだ。先生方の偉大さをあらためて感じるとともに、後輩や教え子たちから将来自分がどのように思われるかを考えると、この年になっても自分が至らないことを反省する。
リレー橋友録は昨年本学に着任された鋼構造の林厳先生にバトンタッチする。
