吾唯知足2023年4月11日号掲載分

吾唯知足 本四架橋で思い出に残る取材は数多いが一つ挙げるとしたらやはり大鳴門橋か▼橋梁新聞の前身である本四連絡橋通信を創刊した1973年4月、その10月には本四3ルートの起工式が決まった矢先、オイルショックに端を発した経済不安、起工式は延期、まさに暗澹たる思いを抱いたものだ▼勿論、当時の技術者が、明けない夜はないことを信じて、事業再開後を見据えて、準備万端整えていたこともあり、約2年後の75年には部分着工に舵を切り、まずは大三島橋、因島大橋、そして大鳴門橋の建設が決定した▼大三島橋(75年着工)に続き76年に着工する大鳴門橋の取材のため、当時の本四公団・鳴門工事事務所の遠藤武夫所長に取材の約束を取り付け、現地に向かった▼取材前のひと時を利用し、海峡を一望できる公園の展望台に上ってみる。「鳴門の渦潮」を目にし、その迫力に度肝を抜かれ、しかしこの海峡に挑むため、全国から集まる技術者たちを、これから取材できる幸運に我知らず奮い立ったものだ▼ご多忙の中、時間を割いていただいた遠藤所長は建設省東北地建(当時)を経て本四公団にやってきており、記者が青森県出身と知るや「東北を代表してここへ来ています」と、にこやかに語り出してくれた。

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